銅とは
銅は今から約6千年前に発見され、「人類が初めて手にした金属」といわれています。石器時代・銅器・青銅器時代というぐらいで、人類の文明発達の黎明期から使用されています。
銅がこれだけ古くから使われてきたのはおそらくその「展延性」の良さによると思っています。ひっぱられてもたたいても、伸ばされても脆さがありません。
この丈夫な加工特性が古代人の装身具、調度品、武具を作るのに最適だったのではないでしょうか?
現在は銅のそのほかの特性「導電性」「電熱性」「耐蝕性」「抗菌性」に注目が集まって、ますます使用範囲が拡がっています。
銅(Cu:カッパー)の由来
紀元前3,000年頃、銅はキプロス島に多く産しました。
銅は大変価値がありましたので、島の支配はエジプト人、アッシリア人、フェニキア人、ギリシャ人、ペルシア人からて、ローマ人へと委ねられ、ローマへの銅の供給はほとんどキプロス島からでした。
始めはキプロスの鉱石と呼ばれていましたが、その後ただシプリゥム(cyprium)と呼ばれるようになり、更にシプラム(cyprum)、キュープラム(cuprum)と変わりました。
これが英語のカッパー(copper)の語源で、化学記号のCuはこのラテン語の最初の2文字をとったものです。
当店の名前もこのカッパーにちなんで名付けました。
銅地金の製造工程について
私、はりき(銅圧延メーカーに勤めておりました。)がご説明いたします。
え〜と・・新入社員の時の研修資料をひも解きますと・・・
まずは採掘した状態を「粗鉱」といいます。
なんとこの時点では銅分は0.5〜1.0%しかございません。
その後粗鉱を一定サイズに破砕、選鉱剤を混入して銅分を濃縮する工程を「選鉱」と呼びます。この状態を「精鉱」といいます。この時点で銅分は25〜40%までになります。
まだまだ続きます。
この後溶練炉→転炉を通して精鉱を参加させます。
こうして出来上がったのが「粗銅」です。この時点で銅分は99%。
まだ続きます。
最後にその粗銅を精製炉に通しアノード(陽極板)とし、電気製錬を行います。
ここで「電気銅」となります。銅分は99.96%以上です。
銅地金の需要と供給
日本の銅地金供給は約60%が国内生産でまかなっていますが、国内鉱山は閉山が進み、実は99%以上の鉱石を海外の輸入鉱石でまかなうという、いわゆる買鉱製錬を行っています。
銅鉱石はどこからくるのか
江戸時代はなんと日本の銅の生産高は世界一の約1000万斤(6,000トン)で、長崎貿易の輸出量はその半分にも達する状況でしたが、現在では、チリ、ザンビア、ザイール、ペルーそして米国といった国が主な産出国です。
銅地金の価格体系
銅は1953年よりLME(ロンドン金属取引所(London Metal Exchange))に上場され、古くからLMEをベースにした価格形成が行われています。
米国国内の取引はCOMEXが主体となっていますが、国際的な取引はすべてLMEをベースに行われており、日本においても日本鉱業等の発表する国内銅建値があるものの、基本的にはLMEをベースに連動した形で運用されています。
